チャレンジを感じる境界線

子どもたちに、「アドベンチャーってどんなこと思い浮かぶ?」と尋ねると、

「ジャングル!」「洞窟!」「動物!」「冒険!」と色々な、ワクワクするキーワードが返ってきます。

よく子どもたちに伝える話。

「近くのコンビニにアイス買いに行くのに、『アドベンチャーしてくるね』って言う人いないでしよ?」

きっと、自分の成長のために自ら一歩踏み出すことがアドベンチャー。

アドベンチャー教育のアクティビティの難しさの設定は、① 他者との関わりの難しさ ②身体的な難しさ ③目標設定 ④公平性を自分たちで守る難しさ などで、上げたり下げたりできます。

全員にとって、「これはできるのかなぁ…」と思うような課題の設定は、いつもなかなか難しい。

先日の体験でも、オールアボード(板の上にみんなで乗っかる活動)で、「これに何人か乗れると思う?」と小学4年生に聞くと、4人、7人、15人と答えは様々。

「じゃ、全員乗れると思う?」と聞くと、乗れると思う人が7割、乗れないが3割と分かれました。

まだ経験したことのないことに対して、7:3で分かれるって面白い。

反対に「できない」が7割以上いると、活動が停滞することが多い感覚。活動が進み、トライアル&エラーを繰り返し、「もしかしたらできるかも!?」と思うメンバーが増えると、あるとき急に課題解決への行動が増えたり、解決に向かう雰囲気が高まったりするのも面白い。

「まだ体験したことがない」っていうことは大事で、「このアクティビティが初めて」、ということもあるけれど、「このメンバーでやることがはじめて」ということもある。

やったことがないからこそ、

「これをやってください」ではなく、「やってみない?」とアドベンチャーに誘うことができる。

いつでも主役は子どもたちであり、学習者。

グループとメンバー一人一人の気持ち、行動をよく観察して、ファシリテーターが考えて、直感的に感じて、その場でアクティビティの選択やレベルの設定を行う。

ライブ感のあるそんな時間が好きです。

わからないを楽しむ

留学生+帰国子女の日本語クラスの大学生120名のアドベンチャープログラム。

日本語のインストラクションが余裕でわかる人、ほとんどわからない人、それぞれ。
シンプルなインストラクションの言葉がけを選んだり、少し英語を混ぜる工夫と努力。

 

言葉が、わからないからグループに交流が生まれる。
アクティビティ自体、全員が初めて体験する(わからない)から、ドキドキ感があって楽しめる。

同時に、全部わかってから動きたい人にはしんどいときもあるだろうなぁ。
ああ、だからチャレンジバイチョイスだった!

 

そんなことを再確認しました。

・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

アドベンチャープログラムの中で、僕は全員がルールを完全に理解していなくても、「とりあえず、やってみない?」と体験に誘うアプローチをよくします。

わざとルールに余白を残す
どっちにも取れるような曖昧な表現をする

ことで、自分たちでルールの解釈や設定を変えられるようにしておくと、コミュニケーションが増えたり、「自分たちで活動を動かしている感覚」が高まることが起こります。

だから、子どもたちからやり方やルールが提案されるのは大歓迎☆

 

ファンタジー(物語)を使ったアクティビティの説明も大好きなので、よく参加者が「え?どういうこと?」ってなります。

僕「熱々のココアの川を、このマシュマロで渡って!」 子ども「ええー!」
僕「みんなが乗っているこの宇宙船は・・・」 子ども「は?これ?」

みたいな。

でもそういう導入をすると、子どもたちの中の会話が、「熱い!」「流されたー!」「マシュマロ取って!」と、ファンタジーの世界に入ってくるから不思議です。

ちなみに、大学生でも、企業研修でも、ファンタジーの世界入ってくれる大人はたくさんいます。
非日常感を強めた体験から、日常に転用できることを学ぶ。その振り幅が大きくなる感覚。

 

ちょっとした遊び心は、活動に対して「夢中になること」をつくってくれます。

ちなみに、授業を休んだ学生に、先週やったことを説明するときにも「は?」ってなりますが・・・(笑

 

「わからないを楽しむ」力は、この社会を生きていく上で大切な力。
でも、全部わかってから動くことが安心感な人にとっては、しんどい時もある。

だから、グループのちからを借りて、みんなで未知なことに飛び込むのがいいんだろうなぁ。

百聞は一見に如かず。
百見は一体験に如かず。

「とりあえず、やってみない?」を口説き文句に、今日もみんなをアドベンチャーに誘うのだー☆

 

 

介入する傲り vs. 介入しない怠慢

アドベンチャー教育プログラムのファシリテートをするとき、基本待つのが好きなんです。

課題解決のアクティビティを提案して、ルール伝えて、確認したら、あとは参加者に任せる。
たまに質問が来たら答える。
活動中は、声かけたり、応援したりするのも控える。

安全管理のスポッティングだけ入って、あとは気配消して、グループや個人の様子を観察して、振り返りで触れる「気になった場面」や「問い」を考えている。

グループメンバーが主体となって、活動が進んで行く・・・

そんな関わりがいいなぁ。

・・・と、思いつつ先日小学校4年生のロープスコースでの体験をファシリテートしたときのこと。

グループとしては、
・自分のことが大事で、相手のことをあまり大事にできていないようなコミュニケーション
・誰が一番最初に行くかで揉める様子
・意見を言うけど、聴けない=意見が場に溢れて、だれも拾わない
・合意形成に至らない

そんなグループ。

最初の課題解決は、やり取りがうまくいかない様子を見守って、見守って・・・
もちろんうまくバランスが取れないから失敗して。

振り返りで、「人の意見を聴くことの大切さ」「自分勝手な行動をしない」「もっと周りを思いやる」なんて話が出たわけです。

よしよし(笑

で、次のチャレンジにいったところで、また活動に夢中になるがゆえにさっきの振り返りを忘れて、ゴチャゴチャ、ワイワイ、ムキー!となる子どもたち。
介入して、さっきの振り返りで出た話をリマインド。

でも、子どもたちの行動に変化は表れない・・・。

ここで、
・残り時間の少なさ
・子どもたちに一度成功体験をしてほしいというファシリテーターとしての願い。
(成功体験をすると、グループが変容するんじゃないかという予想)

なんてことを考え、積極的に介入を意識し始める。

・ポジティブな行動が見られたら、積極的にフィードバックする
・意図的な作戦タイムを提案する
・作戦タイムで話し合ったことを、確認、リフレーズ、リマインドする
・そこで言い争いのようになったときの、感情を代弁してみる(「◯◯は、一番に行きたかったんだね?」「一番にやりたかったんだって。」「でも、××もやりたかったんだよね?」)

などなど。
で、メンバーの一人に「ねーりょうちゃん、早くやろー」と言われる(笑
あ、話長くなってごめん・・・の瞬間。

でも、そこから少し行動が変わったり、コミュニケーションがお互いを大切にしている風になってくる。

1時間後に課題解決を達成。
笑顔と拍手とハイタッチ。

振り返りでは、ポジティブな感想や自信につながる言葉が出てくる。

・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・

介入をしたことで、グループに変化が見られるのは、ファシリテーターとしてうれしい瞬間。

でも同時に、時間はかかっても、介入なしにグループが主体となって解決できたのでは!?と思うこともあるわけで。
グループの力、子どもたちの力を過小評価してる?

「ファシリテーターの介入がないと、グループは課題解決ができない」
「ファシリテーターの介入がないと、グループに学びは起こらない」

と、考えるのは傲り。

でも、介入しないのは怠慢。

今日も、ファシリテーターとしてのバランスを試行錯誤・・・
日々修行なり。