グループプロセスを観るとは?

ファシリテーターは、活動中に参加者の何を観ているのか?

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(photo credit Stuart Miles via  Free Digital Photos.Net)

 
「良い雰囲気だなぁ」
「少し固いぞ」
「あったまってきた!」

と、「なんとなく」の直感をフルに働かせてグループの状態を感じ取っているような気がします。

でも、その直感の裏側には、何か「事実」があるはず。
見えているけれど、無意識にその情報を判断している「感覚的」なこと。
視界に入っているけれど「見えていない」こともたくさん。

ということで、改めて自分がどんな視点でグループの何を観ているのかを整理してみたいと思います。

恩師の言葉で言うならば、

“How does it look like, sound like, and feel like?” (どう見えて、どう聴こえて、どう感じるか?)

<参加者の様子〜個人編〜>
◆表情(笑顔、緊張、ハッとした瞬間、怒り、悲しみ、リラックスetc)

◆視線(活動への集中、気になっているモノ・コト、会話の相手etc)

◆行動(前のめり、背伸びして見ている、壁に寄りかかる、立ち上がる、座っている、あくび、腕組み、咳、鼻噛みetc)

◆発言(会話の量、発言の回数、活動を前に進める肯定的な言葉・否定的な言葉、リーダーシップ&フォロアーシップetc)

◆関係性(だれが、だれに話しかけている、立ち位置、距離感etc)

◆服装(動きやすさ、上着を脱ぐ・着る、汚れても大丈夫?、マスク、メガネetc)

◆身体の特徴(怪我、その他動きの制約、体格etc)

 

<グループの様子〜集団編〜>

◆立ち位置(距離感、誰が誰の隣にいるか、小グループの有無etc)

◆関係性(リーダーシップ&フォロアーシップ、立場の強さ・弱さ、友好度合い、ピアプレッシャーの有無、男女、年齢、競争&協力、安全性etc)

◆コミュニケーション(誰が誰に、発言の回数、質、リーダーシップ、無言、合意形成、共有度合い、フィードバックの質、論理性etc)

◆目標(何を意識して活動しているか、個人&集団の目標、コミットメントetc)

◆達成感(チャレンジ、ルール、試行錯誤、失敗に対しての対応etc)

 

書き出すとまだまだ出てきそう・・・。とりあえず、ここまで。

何か様子を観察するときには、人間は5感を使って観察するのだと思う。(もちろん「虫の知らせ」的な、直感は信じています!)
グループを観るのに、視覚、聴覚はフル活動。活動で参加者と触れ合うこと(触覚)で伝わってくる情報(手が冷たい、熱い、緊張感、パーソナルスペースetc)もある。
幼稚園だと、くさ〜い臭いがしたら、パンツの交換時だとわかったり(嗅覚)。
味覚は・・・あんまり使わないかなぁ。

と、やっぱり目から見える情報にかなり頼っていると思います。
次に耳から聞こえてくる情報。

「観察」して得た情報をもとに、「評価」「判断」しているのだけれど、それはどのくらい正解なのか・・・。
あくまでも、自分の経験をもとにした「予測」でしかない。
もちろん合っていることもある。
でも本当に合っているかは、参加者のみぞ知る。

本当の理解(確認)をするためには、コミュニケーションを取るしかないのだと思います。
「今、どんな気分?」
「なんで、そうしたの?」
参加者について、純粋な興味を持つこと。
本音で相互理解を図ること。

 

コンテンツ(What)とプロセス(How)の視点で分けて観ることも大切。
「何が起こったか?」に対して、「どのようにしていたか?」

一番観るのが困難なことは、参加者の感情と思考
目には見えないけれど、それは「行動」と「整理反応」に表れる。
そのサインに気がつけるかどうか・・・。

様々な兆候と、直接的・間接的なコミュニケーションを通して、プロセスをグループで共有していくこと。
グループの成長を促し、個人の成長を生み出す。

ファシリテーターは、意識を向けることがそれ以外にもたくさんあります。
進行、即興的に変わること、環境(天候や道具の配置など含む)、振り返りのテーマ・・・etc

本来、人は意識していないものは見えないはず。

 

何を意識して、何を無意識で捉えるか。
無意識でも捉えられることを増やしていくことで、さらに多くの情報に気がつけるようになるのかもしれません。

そのためにも、感覚的に観ているものを、一度意識して見直すことが必要だと思います。
他にグループワークをどんなポイントで観ているか、シェアしてくれるかた大歓迎☆

ブログ一新☆

ブログを新しくしてみました。

8年前、留学中に熱心に書いていたブログ。
文章で、自分の体験をアウトプットするのは、自身の情報整理にとても良かったみたい。
2年間ほど書いた記事は、全て製本して思い出の1冊になりました。
今読み返しても、とても大切な気づきがたくさん☆

書いておくのは大事だな〜と思います。

最近は、Facebookがあるので、その中で色々と書いてきました。
そういえば、Twitterはどこへ?ということもありましたが、年末に安藤美冬さんの出ていたNHKの番組を見て、刺激を受け復活。
その場での些細な思いつき、感じたこと、また本を読んでいて自身の経験と重なったり反応したことをTwitterでつぶやいてみたり。

SNSは、色んな媒体があって、それぞれに良さがあると思う。
そのあたりは、僕の大切な友人であり、Vege & Fork Marketの主催者でもある戸田耕一郎氏に学んでます。 http://www.todakoichiro.com/
ホント、起業して今の時代にマッチした働き方を求める尊敬できる友人が身近にいるのはありがたいことです。
いつもたくさんの刺激をもらっています。
SNS依存するのはNG。
でも、うまく使うことは、これからの時代必須だと思う。

数年前まで日本では匿名でのSNS参加が当たり前だったのが、今では実名でやるようになった。

これは良いことだと思う。
発信者が責任を持たなければいけなくなるから。

と、同時にきちんと情報を自分自身で管理しないと危険だと思う。

アメリカで、就職活動の際に、学生時代のばか騒ぎの写真がFBをチェックされた際に露呈し、面接で落とされる。
職場の制服着て、職場の写真撮ってクビ。
など、冗談のような本当の話もあるからね。

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photo credit: geralt via pixaboy

ということで、このブログは実名でやります。

何を隠すわけでもなく、自分自身の気づき、学びをアウトプットする場にしたい。
また、自分自身のやっていること、学んでいることが、どれだけ社会とつながれるかを試してみたい!

アドベンチャー教育に携わってきて、自分に一番還ってきたものは、「体験から学ぶ習慣」がついたこと。

いつも、チームビルディング、コミュニケーションやリーダーシップへの気づき、目標設定や達成に関することの現場にいて、たくさんの人たちと関わっていると、自分自身が一番学んでいると思います。

そういう気づき・学びを、その体験の時間の中で語ることはできても、第三者に一般論的に語ることは、どうも得意ではありません。

謙虚でいることに、美徳を感じるから。

多くを語らないけれど、必要なときに必要な知識、スキル、能力を発揮できる、そんな人でありたいから。

自分の体験ベースの理論に自信を持てないから・・・?

反面、そういう気づき、学びを誰かに伝えたいという思いもあります。

そんな色々な思いを持って、まずは何事もやってみよう!と思い、ブログ開設☆
無理せず、ほどほどに更新していこうと思います。

興味あるかた、ぜひお付き合いください。

小さな哲学者たち☆

小さな哲学者たちという映画を見て、それについて対話をするワークショップに参加したMemo。

公式サイト:
http://tetsugaku-movie.com/
以前、レンタルで借りて、返却前夜の遅くに見始めたら、最後記憶がなかった・・・
という経験があるので、まずはきちんと観たかったということ。
あとは、それをもとにした対話の時間に興味があったということで参加してきました。

現在の幼稚園での仕事、アドベンチャー教育のファシリテーターとして、色々なところに生きる気づき・アイディアをもらったので、忘れないうちにメモ・・・。

<Memo>
◆考える=疑問に思う ということは、学びの意欲の原点。
大人が考えている「当たり前」を、子どもたちは容赦なく「なぜ?」と疑問に思うことができる。
考える習慣をつけること。
テレビでのニュース、慣習、文化etc…
日常のことで、「当たり前」だと思っていることに対して、思考しなくなっている大人が多い。
青山学院大学の苅宿先生の言葉を借りると「思考停止社会」になっている。

感情も同じかな。
日々ニュースで流れる悲惨な事故などでも、慣れすぎてしまうと何も感じない。
他人にしてもらうことに対する感謝、人の悲しみへの共感、など、「感情停止」してしまっていることも多々あるのではないか。
子どもは日々感情の渦の中にいる。大人は?
「感情」を循環させる体験を意図的にしてあげることが必要だと思う。

◆子どもの言葉=家族・先生?(メディア)など身近な人からの言葉のシャワーを浴びた感覚的な語彙
→体験を通して意味付けた言葉へ
何気なく使っている言葉が意味することは何なのか・・・子どもなりに改めて考えることで、意味付けをする。
例)死とはなにか?
日頃、「死ぬ~」とか遊びの中で言うけれど、それが意味することを知っているのか?
息が止まること、天国へ行くこと、カブトムシが動かなくなること、家族の死etc….
何か、体験としてその言葉の意味を知っているのか?を訪ねてみると、その子なりの定義が生まれる。
そして、その定義/言葉の感覚は、子どもによって異なる。
友達とは?好きとは?子どもの仕事は?

◆教師の(親の)ファシリテーション力
「なぜ?」「続けて!」「◯◯ってどういうこと?」「それは、テーマとどう関わってくるの?」
子どもの世界観での話は、時として大人の想像を超えた視点から入る。
それに対して、「関係ない話はしない!」とSTOPするのではなく、「待つ」「聴く」姿勢を持つ。

心から、その子の話に興味を持つ姿勢=純粋な好奇心

勇気づけること。
子どもの考えを否定しないこと = 評価もしないで聴くこと。

TOYOTA式は5回なぜを繰り返すというが、
なぜ? → なぜ? → なぜ? と、3回、子どもの発言に対して、問いを重ねると本質が見える。
子どもの好奇心は、学ぶ力の原点であるということを感じさせてくれる映画だった。
幼児教育に携わっている社会人で、この映画を観てダイアローグを重ねると、どんな話になるんだろう?
また、ファシリテーターを志す人たちで、この映画を観てから、「ファシリテーターのあり方」を話すのも面白そうだ。

色んな視点で観れる映画で、ぜひまた観てみたいと思った。
以上、忘却録でした。