親業〜入門編〜

気になっていた親業=Parenting Effectiveness Training (PET)の入門編に、仲間を誘って参加してきました。

親業訓練教会のホームページ
http://www.oyagyo.or.jp/

 

子どもも親も、どちらがえらい(権力・威厳)ということではなく、お互いに理解し合い、共に育つという考え方が基本。
キーワードは、自主性と思いやりを育てること。

1.聞くこと
2.話すこと
3.対立を解くこと

という基本的な方法を使って、コミュニケーションを取っていきます。

とても当たり前のことのように思ったけれど、改めて自分の聞き方、伝え方を「トレーニング」することは、とても新鮮でした。

反対に、こうやって聞く・話すということは、学校でも教えてくれなかったことだなぁと。

 

相手とのコミュニケーションで、こちらが不快に思っているか、快く思っているか?
また、相手が問題を持っているかどうかで、対応の仕方が変わる。

前にブログにも書いた人の話を聞くときに「ついついやってしまうおきまりの12の型」

子どもの話をどう聴くか☆

を、改めてロールプレイでやってみる。

「ああ〜、子どもはこんな気持ちになるのかなぁ」と思う時間。

「宿題しないと、晩ご飯抜きよ」なんて、のび太くんのお母さんも言ってたっけな・・・。
確かに「脅迫」だ(笑
子どもの軸で考えると、結構辛くなることを、大人は当たり前のように言っていることがあるんですね。

 

今回の気づきとして、「能動的に聞く」ということが、自分が意外と不慣れだったということ。

A「◯◯だったんですよ」
B「へぇ〜、◯◯だったんですか?」

みたいなオウム返しを良しとするイメージを持っていましたが、それって半分しか聞いていないんだなと。

その人が、どんな気持ちで、どんなことを思ってそれを言っているのか?

「◯◯だったので、悲しいんですね?」
という、確認する言葉を返せるということは、相手の軸で話を聞くということだなぁと痛感しました。

そもそも、相手のメッセージに含まれる感情、思いの理解が正しいのかを、解読して、確認のためにフィードバックしてあげること。
こちらの軸で、勝手に共感・理解したつもりになってしまわないで、相手に返してあげること。
大切ですね。

あとは、語尾で言葉のニュアンス・意味合いが変わってくるということ。

・大変なんですね。 →共感、確認
・大変なんですか? →質問、尋問(聞き過ぎると)、少し人ごと?、
・大変ですね。   →同意

意外と、それぞれ言われてみると、言われた側の印象は違うという気づきがありました。

 

そして、感情・気持ちに触れる「語彙の少なさ」を感じました。
感情を表す言葉って、意外とあるようで出てこない。
それは、自分がこれまで表現するのを得意としてこなかったということもあるんだと思います。

子どもの頃から、自分が今どう感じているのか?を表す言葉を、生活や活動の中で使うということはとても大切だと思います。大人は、その言葉探しを手伝ってあげられるといいですね。

 

教育に携わる人、親が、一度は受けてみて良い講座だと思いました。
自分の「当たり前」だと思ってとっているコミュニケーションが、意外と子どもや他人にとって、否定的だということに気がつくかも。

親業だけでなく、教師学=T.E.T(Teacher Effectiveness Training)も気になるところ。

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ワークショップデザイナー

青山学院大学で、WSDこと、ワークショップデザイナー育成講座10期を昨年度に受講しました。
10期、12期修了生スタッフ、奈良の大学でのTAと、ようやっと一段落ついたところで、少し振り返ってみようと思います。

WSDでは「ワークショップとはなにか?」を大人がわくわくする学びの場で、たくさんの出会いと共に学びました。

<WSDの紹介ムービー>

(僕もどこかに映っています)

ワークショップの歴史や知識を学んだこと、体験を通して感じたこと、改めてファシリテーションについて考えたこと、同期の仲間たちと真剣に一つのワークショップをデザインする中で自分のコミュニケーションスキルや関わりのスキルに気づかされたこと・・・。

年齢も職種も関係なく、真剣に話し合った時間は、とても充実した時間でした。
特にヒットしたキーワードは、

▼F2LOモデル
▼発達の最近接領域
▼ワークショップの評価法
▼ワークショップの定義
▼恊働性・身体性・即興性・自己原因性
▼正解ではなく納得解
▼できる→わかる→分かち合う=社会構成主義学習観

アドベンチャー教育の本では出てこなかった「体験学習」に関係する理論やモデルをまた少し知ることができたのは、とても良い学びでした。
そして、まだまだ言葉だけで「わかってない」ことだらけ・・・ということもわかりました。

10期を受講したご縁から、12期の修了生スタッフを担当する機会もいただきました。
人が違えば体験も違う。立場が違えば視点も違う。
WSDの学びを客観視し、さらに俯瞰的に見ることができたのはまた貴重な経験でした。

経験値の高い参加者に対して、着飾らない等身大の自分で、精一杯支援をすることは、自分にとって心地よいものでした。

「講師」とか「先生」という立場よりも、「支援をする人」「サポーター」という立場が、自分にとってやりがいのあることだということも再確認。
それは、相手が子どもであっても、大人であっても変わらない感覚。

思えば、数年前まで大学で助手という立場で働いていたときも同じでした。
大学生は「チームメート」「仲間」という関係性。
その感覚と立ち位置は、どこに行っても基本的に今も変わってないみたいです。

そしてなによりも、この経験で出会った「面白い人たち」とのつながりが、さらにまた色々なことに発展。

仲間が人事担当をしている会社の内定者研修で、内定者と共に研修を創るプロジェクトを担当させてもらったり、音楽を使ったワークショップの開発をしたり、国際理解教育や英語教育の中で何かできないか模索したり、仲間の職場訪問したり・・・。
またその流れの中で、お世話になった先生に誘われて「子どもの育ちを考える会」という幼児教育に携わる先生たちの勉強会の立ち上げの手伝いと、会の話し合いの進行を担当させていただいたり。

いわゆる「アクティビティ」やプロジェクト・アドベンチャー施設(ロープスコース)を使わないファシリテートの機会は、自分の力を試す良い機会となっています。

今年は、奈良にある大学でのワークショップを使った授業のアシスタントにも行かせていただく機会もあり、本当に色々な経験を積ませてもらっています。

このプログラムを受けて、今改めて思うことは「人の多様性とつながりの大切さ」です。

ここでもらった色々な種を、未来に向かって発芽させていきます。

ブログとアウトプット

6~7年前からブログを不定期に書いてきました。

最近また少しさぼっている状態・・・
でも、また改めて再開します。

ブログを書くことで、自分のアンテナを研ぎすましたり、情報発信している人が増えています。
毎日更新したり、多様なジャンルの情報を取り扱ったり、なかなか真似できないことだなぁと。でもちょっと憧れがあったりして。
ブログを書くことで、ネタを探したり、情報に敏感になったり、文章力を鍛えたりと、プラスになることがたくさんあると思います。

なぜブログを書くのか?

 

自分の場合は、「自分自身の学び」の情報発信が目的です。

読んだ本、参加したワークショップ、日々の体験で感じたことや考えたこと・・・
自分自身が「体験学習」のファシリテーターとして仕事をするようになって、一番よかったと思うことは、自分自身が「体験から学ぶアンテナ」を身につけたこと。

特別な体験でなくても、日々の些細なことにも、様々な意味付けをする癖がついたことで、自分にとって色々な発見をするチャンスが増えました。
町を歩いていても、何かと面白い発見がたくさんあります。
カフェの接客、電車の大学生の会話、本屋のデザイン、前を歩いているおじいちゃんのキーホルダーが孫の写真だったetc…

そんな気づきや、自分の中の「当たり前になっていること」を改めて言語化して、発信することで、きっとだれかの共感を得られると思っています。


Hibilogの青木優さんのブログ
に刺激され、これから1年間、毎週末に「その週の振り返り」の意味を込めてブログを更新します。
1年間=52週=52エントリー

熱しやすく冷めやすい自分が、今回はどの程度続くか・・・
楽しみながらやります☆

数年前に、成長への焦りもあって、あちこちの勉強会に顔を出していたことがあります。

インプットがいくらあっても、アウトプットがなければ何も残らない。

インターネットで、情報や先人たちの知恵はいくらでも手に入る。
自己啓発系の書籍、ハウツー本には、「人生で成功するための方法」みたいなことが溢れている。
でも、自分が何を意識して、どう行動するか・・・でしか、変化はないわけで。

そのためにも、きちんとアウトプットしながら実験的に行動してみることを習慣にします。
ブログは、その一つの表現方法になりそうです。