週末に、第120回西多摩PACEの「ゲーム祭り」に参加してきました。
もともとは、30年ほど前に始まった、キャンプ系の人や学校の先生が、アメリカの「アクティビティ本」を訳して試してみていたという研究会。
今はなき、神奈川県の清川青少年センターで、泊まりで40人くらいの大人たちが集まり、朝から夜中まで、くだらない(ときに真面目な)ゲームをやりまくっていたの「ゲーム合宿」が懐かしい。
思い出すのは、座布団をどこまで高く積んで座れるか・・・を、仲間たちと追求していて、夜中にある先生(高キュー)に、「きみたち、もうすこし静かにしてくれない?」としっとり叱られたこと。
留学から戻り、日本で「プロジェクトアドベンチャー」を学んでいる先生や、社会教育の人にたくさん出会えたことは、今でも大きな財産です。
今回は、コロナ禍でなくなった「ゲーム祭り」の復活で、
久しぶりに純粋にアクティビティを楽しむ時間でした。
教育的に「よいアクティビティ」みたいなものはたくさんあって、
それを適切に使えるようになると、学級開きやコミュニティづくり、ワークショップの「アイスブレーク」にもとても有効。
「初めまして」の関係性で・・・
◆お互いのことが知れる
◆関わる負荷が少ない(ほどほど)
◆身体がほぐれる
◆声を出す
◆自然と笑う
みたいな「出会うきっかけ」を作るのに向いている、よくできているアクティビティはたくさんありあす。
もちろん、誰が、どんなトーンで使うか・・・ということも大きく影響するけれど。
でも、その正反対に・・・
「意味がよくわからない」
「バカバカしい」
「恥ずかしい」
みたいなアクティビティを、グループが「純粋に楽しい!」と感じれるときは、パワフルさがあります。
「なんで、こんなにじゃんけんに勝てないんだ・・・!?」みたいに、無限ループに入って、
一人笑いが止まらなくなっちゃう。
それを見て、周りもゲラゲラ笑い出す。
みたいな、くだらないことが起こると、場がグッと温まる。
Project Adventureを立ち上げた一人、Karl Rhokeさんが、
FUNN
Functional Understanding is Not Necessary
(機能的な理解は必要ない)と言っていた言葉が僕は大好きです。
みんなが笑えている状態にハマる(沼る?)感じが、「遊んでいる」という状態に近づいていると思えるから。



プロジェクトアドベンチャー的な活動では、「アクティビティ」を提案するのはファシリテーター。
時に子どもたちは、
「遊び」を提案されて、
「遊ばされている」みたいなことが起こる。
でも、「遊びに付き合っている」うちに、
だんだん楽しくなって「遊んでいる」感じになってくる。
「遊び」(アクティビティ)が「遊ぶ」に変わっていくと、子どもたちは自然と動き出す。
そんな、遊びの幅を知って、子どもたちと一緒に「遊ぶ」ことができるようになるためには、
まずは大人が「遊んでみること」なんだと思う。



