他者からの視線

自分がファシリテーターとして集団の前に立つときに、自分の立ち振る舞いや言葉が「相手からどう映っているいるか」ということを気にすることがあると思います。

僕は子どものころから、他人の目が気になる性格でした。
自分の言動は、人から見ておかしく見えていないだろうか?間違っていないだろうか?

そんなことを考えて集団の中で関わっている自分は、どうしても一歩引いた関わりでした。

 

もちろん、まだまだそんなことが気になりますが、この数年で少しずつ手放せている感覚があります。
ファシリテーターとして、一人の人間として。

アドベンチャー教育の研修で、スタート時に子どもたちの前に立って自己紹介をする場面があります。
あれ、緊張してたんですよね。
やっぱり第一印象は大事にしたいと思うと「笑顔でいよう!」みたいなことを考えてみたり。子どもたちにとって好印象でいたい・・・なんて考えていました。

ワークショップ通訳でも、訳の言葉に詰まって参加者と視線が合うと参加者がどう思っているかをつい考えてしまって、次の訳が遅れたりすることがありました。

今年はそんなことがまったくなく、「今ここ」英語を話すメインファシリテーターの言葉に集中できました。結果、英語力は一年前と変わらないけれど、間違いなくパフォーマンスは上がった感覚があります。

それは年齢を重ねたから。
きっとなんとかなるという自信がでてきたから。
ライブ感の中で、臨機応変にことが進む流れに身を任せられるようになったから。

 

“Standing in the Fire”というワークショップで、僕が尊敬しているファシリテーターの一人佐々木薫さんに教わったこと。

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Standing in the Fireのテキスト。おすすめ!

「自分がどう見られているか?」→「この人はどんな人だろう?」と視点を変えてみること。

これは、僕にとってピッタリはまった考え方でした。

自分がどう見られていようとも関係ない。
学ぶのは目の前にいる人であって、ファシリテーターはそれを支援する人。
相手に集中して興味を持って関わると、自分がどう見られているかなんて考えるヒマはない!(笑
体験が持つ力、ロープスコースやアクティビティの力を信じること。
参加者の力、グループの力を信じること。
真摯に、願いを持って関われば、相手との関係性も作れるはず。
それでダメなら、今はそのタイミングではなかったと手放すこと。

利他的に考えていくと、自分がどう見られているかということは、どうもそんなに大切ではないんだろうな。

自然な姿で、ありのままの自分で、いつでもありたいものです。
自分の中の 思い- 考え – 行動を一致させようと努めること。
弱い自分も強い自分も、そのままでOKと思えること。
そういふものにわたしはなりたい☆

 

 

 

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