AEEのカンファレンスのために買ったMoleskinの黒い表紙の無地ノート。
殴り書いたようなメモや、出会った人たちに書いてもらった言葉、Prescott Collegeの教授に飲みながら書いてもらった紙ナプキンの学びメモ・・・
文字だけでなく、プリントや地図、紙ナプキンなどが貼ってあると、今読み返しても記憶が鮮明に蘇ってくる感覚。 すでに3ヶ月前の出来事・・・
◆ Teaching Skill ≠ Leadership Skill ≠ Facilitation Skill
リーダーシップスキルの中に全部含まれるような気がしたり、ファシリテーションスキルの中に全部含まれるような気もするけれど、あえて分けて考えることで、スキルが明確になるかもしれない。
コーチやカウンセラーのように、相手に主体性を持たせることを強調して、「支援」する関わり。
インストラクターや専門家のように、やり方や知識を伝達する力。
教師は、静から動まで幅の広い関わり方をする必要がある。
それぞれのスキルに、強調される特性があるような気がするので、それらを意識して分類してみるのも面白い。
教師として(またはリーダー、ファシリテーターとして)、学習者と関わる際に、
- 学ぶ内容・知識
- コミュニケーションのテクニック(声、表情、スピード、姿勢など)
- 伝達方法・策略(伝え方:教授⇆質問、導入方法、引用、ファンタジーなど)
を、最低限意識することで、一つの型のようなものが生まれる。
アドベンチャープログラムの ファシリテータートレーニングでも、
- アクティビティの概要・目的、活動のルールなど
- コミュニケーション・テクニック(声、表情、スピード、姿勢など)
- 伝達方法(伝え方:教授⇆質問、導入方法、引用、ファンタジーなど)
が効果的にできているか?
ということを見て、振り返ったり、フィードバックしています。
ただし、そこに「グループのプロセスをどう捉えたか?」、「グループの様子を見て感じたことに、どう働きかけたか?」など、見えない「職人技」=Art の部分が入らないので、それをどう高めていくか・・・
これは、宮大工の職人さんが、棟梁の技を見て感じて盗んでやってみるように、先輩ファシリテーターが「なぜ、このタイミングで介入したか?」を見て、考え、試行錯誤していくしかないような気がします。
でも、そのあたりが「型」として、「こんなときは、グループ状況にこんな可能性がある!」「こんな声かけのパターンをよく使うよ」みたいなものがあると、若手は助かるなぁ。
◆脱思考停止!Knowing < Understanding < Thinking
情報が溢れている今日この頃では、Google先生に聞くとすぐに疑問の答えが見つかったり、Facebookで友だちが興味深い情報をシェアしていたりします。
読んで知ったこと≠ 理解したこと ≠ 自分で考えたこと の違いを理解することの大切さを、飲みながらPrescott Collegeの教授が語ってくれました。
この時間だけでも、このカンファレンスに参加した価値がありました。
知的な学びは、自分で考えるときに生まれるもの。
ただの暗記や、読んで知った気になっていることに価値はない。
大学生に作文、クリエイティブ・ライティングを教えているという教授曰く、最初大学生に文章を書かせると、知っている事実ばかりを書いて、そこに自分の考えがない・・・と。
とにかく手書きで、自分の考えを交えて書く練習をしているそうです。
アイディアを創造するためには、
- Conditional 条件付きで
- Plural 複数形で
考えると、脳にゆとりが生まれて、その隙間を埋めようと考えるそうです。
「この問い(問題)に対する、答えとなり得るものが、いくつかあるとすれば、それは何だろう?」
絶対的な答えを一つ見つけるのではなく、「〜かもしれない」を複数見つけようとするとき、人は自然と「考える」という行為をしている。
この日は、酔った勢いで(笑)、一日の体験について自問自答しながら振り返り、ノート4ページに手書きで、自分の考えを書いてみました。
ただ、体験したもののメモを書く、発表者・研究者が言った情報を書き写すのと違い、そこに自分の考えを入れることは、意識してやらないとあまりやっていない自分に気がつきました。
自分で考える人でありたい。
社会のニュースも、出来事をただの事実としてインプットするのではなく、「なぜそうなったのか?」「どんな可能性があるのか?」「自分の生活に影響があるとすれば、何なのか?」と考える習慣を持つこと、みなさんはしていますか?
◆体験のフレーミング(枠組み)の意識
例えば、風船をつかったメチャぶつけのような活動で
A「とにかく、風船をたくさんの人にぶつけてください!ポイントの多い人が勝ちです」
とインストラクションするのと、
B「風船には、みんなの良いエネルギーが入っています。今日はこの時間を通して、お互いに関わり合うことで、良い影響を与え合いたいと思っています。これから、このエネルギーの入った風船を、お互いにぶつけて、なるべく多くの人にプラスのエネルギーを与えてください。だれが一番多く関われるか数を数えてみてください」
と伝えるのでは、同じ活動をしても、参加者の意識や行動が変わってきます。
例えば、「競争」はゲーム性があって面白いというメリットと、勝ち負けの構図に陥りやすいというデメリットがあります。
アクティビティの枠組みをちょっとした「言葉遊び」で変えるだけで、まったく異なるものになるということ。すごく大事なことだと思います。
「とにかく体験をして、そこから振り返りを通して学ぶ」
「まずは一緒に遊んでみて、そこでどんな気づきがあるか」
というような、体験ありきで活動に入っていく感覚が個人的に好きです。
体験がまずあって、そこから一人一人が何を感じるかを大切にする。
もちろんファシリテーターとして、活動のねらいにそった質問や、起こった出来事に焦点を当てる問いかけをすることは大切です。
授業やプログラムの狙いが明確なときには、
「今日はコミュニケーションについて、みんなで考えます」
「この活動が終わったら、チームで意思決定をどういう風にしたか質問するからね」
など、事前に活動のねらいを意識させることも有効な手段だと思います。
ただし、気をつけないと、その狙いにのみ焦点が当たり、その他の「学びの瞬間」を逃すこともあり得る。
同じアクティビティをやるにしても、
・狙いをどこまで伝えるのか
・どんな問いかけをするのか
・どんなルールでやるのか
まったく異なるアクティビティになるかもしれない、と思うと、言葉一つ一つを丁寧に使い分けたいし、同じアクティビティでも、毎回、参加者と目的に合わせて調整をしていく必要性を感じます。
と、改めて少し振り返っても、学びと出会いに恵まれた4日間でした。
